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善き人のためのソナタ [映画]


映画にしろ、歴史研究にしろ、こうした題材を扱うことについては、ドイツに比べて、チェコはまだまだ遅れている。関係者がまだほとんど存命なので、誰もやりたがらない。そのへんの条件は同じはずなのだが。。 共産レジームの裏側。

1980年代半ばの東ベルリン。模範的な国家保安省の局員、ゲルト・ヴィースラーは、反体制の疑いのある劇作家のゲオルク・ドライマンと、その恋人女優のクリスタ=マリーアの監視の任に就く。

盗聴によって、身近に感じる「他者の人生」(原題: Das Leben der Anderen)。あるいは、ドライマンの人生そのものを生きているかのように、ヴィースラーは感じたに違いない。冷徹な秘密警察の官吏が、人間性を獲得してゆく。

秀逸な心理劇。公式サイトによると、ドイツ映画史上もっとも重要な作品。米アカデミー賞・最優秀外語映画部門で、オスカー獲得。さもありなん。

フローリアン・ヘンケル・フォン・ドネァスマァク監督、2006年。137分。

公式サイト: 
http://www.yokihito.com/


麦の穂をゆらす風 [映画]

麦の穂をゆらす風 プレミアム・エディション

麦の穂をゆらす風 プレミアム・エディション

むかし、ホームステイ先のお母さんが、ある日の夕食に出してくれたのは、ダブリン・コドルだった。アイリッシュ・パブのメニューにもよくある家庭料理だ。「ダブリン」とわざわざ地名がつくのだから、なにか謂れがあるのだろう。訊いてみると、「さあ、それはわからないけど」といいながら、「うちでは、大麦を入れるのよ」。

ああ、これか、と。私が「(ここ、ダブリンは)ギネスの町ですからね」というと、肝っ玉母さんは笑った。ローストされた大麦はギネスや、他のアイリッシュ・スタウト原料。というわけで、タイトルの「麦の穂」は、小麦ではない。原題どおり、大麦(Barley)の穂でないといけない。

同じ題材を扱った、10年くらい前の映画に『マイケル・コリンズ』があるが、この映画『麦の穂をゆらす風』の舞台は、コリンズの生まれ故郷でもある、コーク。アイルランド第二の規模の、南部の町。きれいな町だった。ついでにいえば、ギネスじゃなくて、ビーミッシュやマーフィーズの町だ。(うまいよ)。

1920年、テディとデミアンの兄弟は、アイルランド独立のための闘争に参加するようになる。やがて、英愛条約とアイルランド自由国の成立は、市井の人々の間にも、様々な軋轢を生じさせることになる。それは端的には、それまで独立のために一緒に戦ってきた仲間が、賛成派と反対派に分かれて敵対する状況。

社会的な理由から「やむなく身内を殺さなければならない」というのは、歌舞伎の「時代物」では定番の設定。つまりそれは日本では、17、18世紀においてすら、どこか遠い昔の悲劇だったわけだ。20世紀のアイルランドとは違って。。。

ケン・ローチ監督、2006年。127分。




参考:
公式サイト
http://www.muginoho.jp/

ギネス
http://www.guinness.com/
ビーミッシュ
http://www.beamish.ie/
マーフィーズ
http://www.murphys.com/


スケッチ・オブ・フランク・ゲーリー [映画]

Sketches of Frank Gehry (Ws Sub Ac3 Dol)

Sketches of Frank Gehry (Ws Sub Ac3 Dol)

  • 発売日: 2006/08/22
  • メディア: DVD

プラハの観光資源に「ジンジャー・アンド・フレッド」、あるいは「ダンシング・ビルディング」と呼ばれる建築物がある。チェコ語で、「タンチーツィー・ドゥーム」。つまり、「踊る家」。

何が信じられないかというと、1996年に完成してから10年以上経つのに、いまだに、賛成だ、反対だ、と、新聞雑誌や放送メディアを賑わす、賛否両論の主張。

「建築博物館」と呼ばれる町並みから、推して知るべし。プラハの人々は、建築に関しては非常に保守的だ。あるいは、景観の変化に敏感。賛成者がどれだけいるかは問題ではなく、議題にしたい、議論したい需要があるから、記事になる。すごいことだ。残念ながら、有楽町の三信ビルの解体は、これほどは議論にならなかったし、10年後に思い返す者にしても、どれだけいるのだろうか。

こんな騒動を知ってか、あるいは知らずか、その設計者の一人であるフランク・ゲーリーは、映画のなかで、「批判されるのがイヤなら、保守的な建造物を建ててりゃいい」と嘯くわけだ。ま、文脈は違うけれども。しかし間違いなく、建築界のスターのコトバだ。

ちなみに「踊る家」の、ある擁護派は、窓枠などのディテールを近隣の建築と比較し、ゲーリーがいかに、周囲の建築物との調和に腐心していたか、などと主張しているが。。

シドニー・ポラック監督、2006年。83分。



日本公式サイト:
http://sketch.cinemacafe.net/

参考:
フランク・ゲーリー @wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC

Tančící dům @wikipedie
http://cs.wikipedia.org/wiki/Tan%C4%8D%C3%ADc%C3%AD_d%C5%AFm

GAアーキテクト―世界の建築家 (10) フランク・O・ゲーリー

GAアーキテクト―世界の建築家 (10) フランク・O・ゲーリー

  • 作者: 二川 幸夫
  • 出版社/メーカー: A.D.A.Edita Tokyo
  • 発売日: 1994/07
  • メディア: -


Frank O. Gehry & Associates Postcards: 13 Built Projects 1978-1999

Frank O. Gehry & Associates Postcards: 13 Built Projects 1978-1999

  • 作者: Birkhauser, Princeton Architectural Press, Princeton Arch
  • 出版社/メーカー: Princeton Architectural Press
  • 発売日: 2000/01
  • メディア: 用品


Frank Gehry in Pop-up

Frank Gehry in Pop-up

  • 作者: Jinny Johnson
  • 出版社/メーカー: Thunder Bay Pr
  • 発売日: 2007/09/28
  • メディア: ペーパーバック



タクシデルミア [映画]

「剥製術 [Taxidermia]」というタイトルの、この映画。ある父子の奇癖を、ハンガリーを舞台に叙事詩的に描写している。

一つのバスタブは、あるときは棺にもなるが、ある人にとっては有用な洗濯桶であり、その人はまた、あるときはそこでパン生地を捏ねるかもしれない。。

映画は、ある医師の目撃談(そしておそらく調査結果)を述べる講演という、枠構造を持っている。だが、そこでの「世の中にはいろいろな価値観がある」旨の話は、映画監督の制作意図というよりは、口実のようにしか聞こえない。つまり、じつはもっと野心的な試みに思える。それは、映像表現の限界への挑戦。。

オーストリアの『プレッセ』紙は、「カルト映画」と端的に評したそうだが、もちろん、人によっては、「悪趣味」のひと言で片づける。これに比べれば、シュヴァンクマィェルの描写などはまだ、きれいな方といえる。「悪趣味映画」などと言われるような諸映画を、あるいは超越している。もう、悪夢のような映画。

そういうイミでは感動したが、個人的には一度観ただけで、もうお腹いっぱい。

パ-ルフィ・ジェルジ監督、2006年。91分。

Official site:
http://www.taxidermia.hu/


英国王にも給仕した [チェコ映画]

斉藤一人氏の本によれば、お金持ちになりたければ、すべからく落ちている小銭を拾うべし。それを「助ける」っていうコトバで書いているんだけれども、そうやって子どもを助けると、より高額の紙幣(親)が喜んで「あいさつに来ちゃうんですよ」とのこと。

この映画(原題: Obsluhoval jsem anglického králeの主人公のヤン・ヂーティェには、変な趣味がある。獲得したお金のうちから、小銭をパラッとまくと、それをお金持ちの人が拾う。なぜか、必ず拾う。それを見て、ひとり悦に入る。

そんな主人公の成功への夢。それはまさに夢のようなきらびやかな光景と儚さ。給仕を生業とする主人公の成功と没落は、チェコスロヴァキアという国の政治状況と密接につながっている。戦間期(第一共和国時代)のこの国の繁栄は、戦後の共産党時代には、夢ないしはオトギ話のように感ぜられたに違いない。

この、ボフミル・フラバルの原作を翻案した、イジー・メンツルの最新作は、2007年3月3日、見事に2006年度ボヘミアのライオン賞を受賞した。かつての黄金期と、目の前の現実を行ったり来たりしながら、今現在の一見みじめな生活のなかに、黄金期の回想やオプティミスティックな空想への手がかりを見出す、典型的なチェコ・ポエティズムの世界。

主役に抜擢されたのは、ブルガリア人俳優のイヴァン・バルネフ。監督は、このキャスティングにはだいぶ悩んだらしい。2005年の6月から11月にかけて、まるで「サーカスの熊」のように、写真を撮られたり、リハーサルをさせられたりしながらも、バルネフは「採用」という最終結果を知らされず、やきもきした、と語っている。

イジー・メンツル監督、2006年。120分。


official site:
http://www.anglickykral.cz/

今年の3月28日で、フラバルの没後10年。

I Served the King of England

I Served the King of England

I Served the King of England (New Directions Paperbook)

I Served the King of England (New Directions Paperbook)

  • 作者: Bohumil Hrabal
  • 出版社/メーカー: New Directions
  • 発売日: 2007/05
  • メディア: ペーパーバック


白痴の帰郷 [チェコ映画]

小説『白痴』は、幾度と無く映画化されている。

ドストイェフスキーは、善良な人間を描くために、白痴という、病気と見なされてきた性質を利用した。映画監督は、その善良な人間を再現するために、卓越した俳優をキャスティングしなければならない。

そこでジョルジュ・ランパン監督は、白痴(バカ)・ムイシュキン公爵役にジェラール・フィリップを起用した(1946年)。黒澤明は、対応する役を森雅之に委ね(1951年)、ソ連のイヴァン・プィリェフは、ユーリ・ヤコヴレフに任せた(1958年)

そして、サシャ・ゲデオンは、パヴェル・リシュカを使った。ムイシュキン公爵に対応する、フランチシェク役で。

キャストの比較

『白痴』(黒澤明) 『白痴の帰郷』(サシャ・ゲデオン)
森雅之(亀田) パヴェル・リシュカ(フランチシェク)
原節子(妙子) アナ・ガイスレロヴァー(アナ)
久我美子(綾子) タチアナ・ヴィルヘルモヴァー(オルガ)
三船敏郎(赤間) イジー・ラングマィェル(エミル)



いつの時代でも、善良であることはバカに等しい。正直者はバカを見るし、"バカ正直" などともいわれる。でも、誰でもどこかに、善良でありたい、っていう気持ちがあるから、共感できる、と。だからこそ、バカであるフランチシェクや亀田に、アナとオルガの姉妹、あるいは妙子や綾子は惹かれるわけだし、エミルや赤間は友情を感じたりするわけだ。リシュカも、森雅之も、そうしたバカに見えるほどの善良さを見事に演じている。

黒澤明版は、原作に忠実でありたいという理由で、当初は4時間に及ぶほどの長編だったが、サシャ・ゲデオン版は、入院生活から帰ってきたフランチシェクが、"本当に" 帰ってくるまでを、わりとコンパクトにまとめている。いまだに話題にのぼる、同時代の傑作映画。

サシャ・ゲデオン監督、1999年。100分。

参考

official site @čt:
http://www.ceskatelevize.cz/program/detail.php?nzv=N%E1vrat+idiota

白痴

白痴

  • 出版社/メーカー: 松竹
  • 発売日: 2005/08/27
  • メディア: DVD

白痴

白痴

  • 出版社/メーカー: ビデオメーカー
  • 発売日: 2003/05/23
  • メディア: DVD


白痴 (上巻)

白痴 (上巻)

  • 作者: 木村 浩, ドストエフスキー
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1970/12
  • メディア: 文庫


白痴 (下巻)

白痴 (下巻)

  • 作者: 木村 浩, ドストエフスキー
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1970/01
  • メディア: 文庫


ショートバス [映画]

「ルボシ、やけに人が多いね。今日は何?」
「今日はポルノだよw」
「ポルノ?」

そうこうしている内に、前の上映が終わって、人がなだれ出てくる。さらに窮屈になる。

その人ごみの中に、ズスカを見つけた。
映画どうだった?」と訊いてみた。
「うーん」といったあと、笑い始めた。そして、いった。
「この映画について、何か読みましたか?」
「ぜんぜんw」なんの映画なんだろう。
「ちゃんと読んでくださいw」

バイトのペトラが、忘れかけてた注文、ステラ・アートワの脚の高いグラスを渡してくれる。え、「小」っていったじゃんか。500だよ、これw。上映開始まで、あと15分しかない。でも、今日もちゃんと冷えてる。ルーヴァンのビール

さて、件の映画。思えば、去年。カンヌの話題作。要は、リレイションシップの問題。コミュニケイションの問題。ただ、それを描くのに、セックスを媒体にしている。それだけの話。そして、そういう素材を使っているのに、ポルノになっていない。ブスとかゲイのセックスじゃ、ポルノにならない、っていう意味じゃない。ポルノグラフィじゃなくて、ちゃんとキネマトグラフィなんだ、ってこと。

中国カナダ人で、まだ見ぬオーガズムをひたすら渇望するセラピストのソフィア。そのクライアントで、ゲイのカップル・ジェイムズとジェイミー。そして、鞭やポラロイドカメラ以外の手段でのコミュニケイションが苦手なセヴリンは、隠している本名にもコンプレックスがあるようだ。アングラな集い「ショートバス」でのバカ騒ぎなど、ヴィジュアル的には「勘弁」してほしい描写もすくなくないけれども、それはそれで美しく、そしてかなりコミカルで、ほろりとさせられるかもしれない映画。音楽もいいしね。

ま、どうでもいいや。余所のビールは胃に合わない。誰か、もう一杯、ルーヴァンのビールをもってきてくれないか?

ジョン・キャメロン・ミッチェル監督、2006年。101分。

参考
official site:
http://www.shortbusthemovie.com/

大胆な性描写 ショートバス @河北新報:
http://www.kahoku.co.jp/cinema/cannes2006/20060524.htm

Shortbus @IMDb
http://www.imdb.com/title/tt0367027/

P.S. 出演者の1人(セヴリン役)の名前を見て、ほかでもない、昔コーク市でも飲んだ、同名のアイリッシュ・スタウトを思い出してしまった。もう、ずいぶん飲んでない。うん。それだけ。(そりゃ、酔っているだけだ)。
BEAMISH
http://www.beamish.ie/

ついでにステラ:
http://www.stella-artois.jp/ja/


窮地の美女 [チェコ映画]

キャッチコピーでは、「セックスについて、カネについて、そして、いい人についての映画」だといっていたが、それはつまり「ありふれた映画」ということだろう。

ヤン・フジェベイク監督は、このあいだ来朝したらしいが、いつもふてくされたような顔をしてメディアに出てくる。どうも、そんな印象がある。そして顔に似合わず、「アメリカのインテリ層が喜びそうな映画を撮ってるよ」というようなことを、新聞なんかのインタヴューでいってのける。そして撮る映画は、どれも「ありふれた映画」ながら、独特の味がある。

この映画 (Kráska v nesnázích) の英語のタイトルは、"Beauty in Trouble" だが、実は同名のロバート・グレイヴスの詩にインスパイアされた、という説明。劇中では、チェコの歌手ラドゥーザが、このチェコ語訳の歌詞をもつテーマを歌っている。

アニャ・ガイスレロヴァーが演じる"美女"、マルツェラのジレンマは、荒っぽい自動車工の夫・ヤルダと、トスカーナ帰りの紳士・エヴジェンのどちらを選ぶかということで、それはまた、性的依存症じみた関係と、自分と二人の子どものための安定した生活のどちらを選ぶか、ということでもある。

マルツェラが二人の子どもとともに逃げ出した先にも、困難はあった。母親の再婚相手・リハルトがまた、折り合いをつけるのにひと苦労の、エキセントリックな人物で、嫌がらせを始めるのだ。そのほかの、マルツェラ周辺の人物たちが抱える、ありがちな撞着やトラブルも、ポリフォニックに絡み合ってくる。

日常にありふれた諸矛盾を、実力派の俳優の演技、そしてコミカルな小技を交えて、逆説的な大団円へと導くのは、やっぱり監督の手柄なのか。
 
ヤン・フジェベイク監督、2006年。110分。

参考
official site:
http://www.kraskavnesnazich.cz/

英国の詩人、ロバート・グレイヴスの詩 "Beauty in Trouble":
http://www.cscs.umich.edu/~crshalizi/Poetry/Graves/Beauty_in_Trouble

ラドゥーザ:
http://www.raduza.cz/

V Hore

V hoře

  • アーティスト: Radůza
  • 出版社/メーカー: Nrw
  • メディア: CD

...Pri Mne Stuj

...při mně stůj

  • アーティスト: Radůza
  • 出版社/メーカー: Orchard
  • 発売日: 2004/05/04
  • メディア: CD


過去のない男 [映画]

ヘルシンキの町は海に面していて、魚がうまい。とくにサーモン(現地語でlohi)とか、白身のサカナ(siika)とか。最近、日本食は世界各地で流行ってはいるが、フィンランドの人はもともと、刺身などにも抵抗感がなかったに違いない。町自体の人口が約56万人という規模ながら、ヨーロッパの大都市と同じように、寿司屋なんかが繁盛している。

フィンランド人同士のコミュニケイションを見ていると、おもしろかった。やっぱり、カウリスマキ映画。「テルヴェ!」とか「モイ!」とか言っちゃって、単刀直入に要件だけ伝えて。そんな挨拶の響きも簡素で、素っ気なくて、愛想が無いように見えて、でも実は気を配っていたり、やさしかったり。

そして映画によるとそこでは、身ぐるみ剥がされて、過去の記憶まで失ったとしても、人は生きていける。過去を失った男 "M"も、絶望するでもなく、軽口叩きながら飄々とやってる。名前すら失った、マージナルな存在には、たいがい世間は冷たいが、ふしぎと助けてくれる人々が現れるものだ。

小津安二郎にも影響を受けたという監督は、そのほろ苦いストーリーを、お馴染みのワサビの効いたメロドラマに仕立てる。そして、クレイジーケンバンドの「ハワイの夜」や、小野瀬 雅生の「MOTTO WASABI」もサウンドトラックから響いてくる。イイネ!

アキ・カウリスマキ監督、2002年。97分。


過去のない男

過去のない男

過去のない男

過去のない男

  • アーティスト: サントラ, ザ・レネゲイズ, アンテロ・ヤコイラ, タピオ・ラウタヴァーラ, ブラインド・レモン・ジェファーソン, オウル・シンフォニー・オーケストラ, マルコ・ハーヴィスト&ポウタハウカ
  • 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
  • 発売日: 2003/02/21
  • メディア: CD


罪と罰 [映画]

カウリスマキの映画に出てくる、80年代のヘルシンキは、独特の寂れた雰囲気を漂わせ、この監督の作風をシンボライズしている感じがする。でも、つい先日訪れたヘルシンキの町は、カウリスマキ映画のヘルシンキではなかった。むろん、寂れた精肉工場くらい、郊外にいけばいくらでもあるだろうが、この国がハイテク先進工業国に急成長した後では、「フィンランド化」ということばだって、冷戦期とは違った意味で受け取られるに違いない。(でも悪いけど、氷点下の通りを行き交っている、おしゃれなヘルシンキの人々にすら、「カウリスマキの映画で見た人たち」の面影を重ねてしまうのだった)。まあまあ、どこまでも主観的な、イメージの問題。

ところで、アキ・カウリスマキが、ドストイェフスキーの『罪と罰』を撮ることを決めたのは、ヒッチコックのことばをどこかで読んだのがきっかけだったという: 「ドストイェフスキーの小説の映画化は難しすぎるので、一度も翻案しようと思ったことはない」 そこで、カウリスマキは、「じゃ、俺がやってやろうじゃないか」と。

一歩踏み出せば、誰もがヒーロー。こうして、カウリスマキは長編映画の監督としてデビューした。もっとも『罪と罰』自体は、それ以前にも、いろいろな国で何度となく映画化されている。それに、カウリスマキは、兄のミカ・カウリスマキとともに、すでに映画界で仕事を始めていたわけだから、われわれは、遅かれ早かれ、このフィンランドの巨匠の手になるものを観ることにはなったのだろうけれども。

勤務先の精肉工場を後にしたラヒカイネンは、実業家ホンカネンを射殺する。目撃者エーヴァは、警察に通報する前に、なぜか、ラヒカイネンに逃げるように促す。その後、警察の追求をかわしつつも、ラヒカイネンの心には葛藤が芽生えてくる。

ちなみに小説のほうの舞台、サンクト・ペテルブルクは、フィンランドの目と鼻の先。そして、そのロシア第二の都市のある地域、イングリアというのは、フィンランド人が属するといわれるフィン・ウゴル族の伝説的な故郷だという。

アキ・カウリスマキ監督、1983年。91/93分。

罪と罰

罪と罰

トータル カウリスマキ DVD-BOX

トータル カウリスマキ DVD-BOX

  • 出版社/メーカー: ビデオメーカー
  • 発売日: 2002/05/24
  • メディア: DVD


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